やめさせ方は教えない。困らせている側を弁護して、笑いに変える。
INTROどんな本か
「人生相談」と聞くと、だいたい重い話を想像しますよね。夫婦の危機とか、職場の人間関係とか。
この本、そういうのがほぼ出てこない。ドラマに涙する父、家で全裸の夫、右折しかしない父。いや、それ相談か?笑
投書してくるのは、家族の変な癖を面白がってる人たちです。やめさせたいというより、ちょっと誰かに聞いてほしい。そんな温度の投書が、まえがきも章立てもなく70編続きます。相談者は6歳から64歳まで、関西の人が多め。
で、中島らもさんの答えが普通じゃない。投書者の味方をしない。困らせている当人のほうを弁護して、奇行を歴史や芸術にまで格上げしてしまう。ドラマに涙する父なら、戦中戦後に青春を逃した世代の取り戻しだ、と大まじめに分析する。困りごとが、いつの間にか事情の話にすり替わってる。
この本の芯は、そこだと思う。悩みを解決しない。悩みの見え方を変える。読み終わるころには、家族の変な癖が、ちょっとだけ愛おしく見えてくる。
俺が「正解が早すぎる社会構造」で書いたのは、正論の中身より、正解が届く順番が人を消耗させる、という話でした。らもさんは、その正解をそもそも先に出さない。やめさせ方の代わりに、まず相手の事情を面白がる。だから読む側も構えずに済む。
子どもへの答え方もいい。4歳の「魚は死んでるの?」にも本気で付き合うし、6歳からの相談には全文ひらがなで返す。相手の年齢に合わせて、答えの形ごと変えてくる。学生の質問に正論で返して後悔した話を書いたことがある俺には、ちょっと耳が痛い本でもあります。
家族の変な癖に疲れてる人、部下や子どもの相談に乗る立場の人には、説教にならない返し方の見本帳になる。通して読むと、ずらし方やオチに型があるのも見えてきて、そこがまた面白い。1編が短いので、どこから開いても大丈夫です。
ちなみに連載は1980〜90年代と推測される時代のもので、表現に時代を感じる箇所もあります。そこは当時の文章として読んでください。
まず笑う。考えるのは、そのあとでいい。この順番が、意外と効きます。
CHAPTERS章ごとの中身
構成まえがきなしで、全70編がいきなり始まる
この本には、まえがきも章立てもない。目次が終わったら、いきなり1問目です。1編ごとに、見出し、読者の投書(地名・ペンネーム・年齢つき)、らもさんの回答が並ぶ。電子版では1編がちょうど1画面に収まる作りです。
見出しの時点で、もう面白い。「私の料理におそまつさまと言う義母」「裸で料理する夫」「何にでも日付と値段を記す父」「留守中に棚や浴槽にかくれる夫」「古いご飯新しいご飯のたたかい」。最後の70編目は、食べられたい娘が誰にでも「何味?」と聞く、という相談。どういうことやねん。
巻末にあとがき・解説・注はなくて、最後の相談のすぐ後が奥付。電子版の発行は2007年2月16日、底本は集英社文庫の2005年12月10日発行の第6刷とされています。続きに「その2 ニッポンの常識篇」「その3 ニッポンの未来篇」がある。
前置きなしで本題に入る作り、俺はけっこう好きです。1編が短いから、寝る前に2、3編だけ、という読み方もできる。
相談最多は変な父・夫、次に母と子ども
いちばん多いのは、変な父・夫です。ドラマに涙する父、家で全裸の夫、顔にシールを貼って喜ぶ夫、食卓で娘をじっと見つめる父、拾った物しか大事にしない父、右折しかしない父、何にでもソースをドボドボかける夫。並べるだけで、もう一本コントが書ける。
次が母・妻・義母。やくざ言葉の妻、特売の卵を買い込んでゆで卵攻めにする母、月と飛行機の衝突を心配する妻、相手の言葉を先回りする母、死ぬ場面だけで演技力を採点する母。
もう一つの柱が子ども。なぜ妹だけ「お」がつかないのか、魚は死んでいるのかと聞く4歳、指の数を家族の人数に当てはめる娘、「来世はミジンコ」と願う息子。大人の常識では答えにくい問いが、まっすぐ飛んでくる。
投書者は6歳から64歳まで。地名は札幌から福岡まで広いけど、関西の人が多め。深刻な悩みはほとんどなくて、困っているというより、観察日記をつけてるような書きぶりです。この温度が、この本の空気を決めてる。
基本やめさせ方は書かず、困らせる側を弁護
らもさんの答えの基本は、投書者の味方をしないこと。「やめさせたい」と言われても、やめさせ方は出てきません。代わりに、困らせている当人の事情を大まじめに分析する。
ドラマに涙する父は、戦中戦後に青春を逃した世代の取り戻しだとされる。何にでも日付と値段を記す父は、飢えを知る世代の物への執着で、家全体が記録帳になっているのだ、と。奇行に歴史の理由がつくと、投書者の「困った」が「そういう事情か」に変わる。
理解しない家族を諭す回もあります。父の「フン芸」を持て余す家族の相談では、海外の排泄物アートや江戸の天狗騒動まで持ち出して、家の中の変な癖を人類の営みに並べてしまう。ふざけてるのに、妙に筋が通るんですよね。
母の騒ぎ癖は「日本の母の風物詩」。相手の言葉を先取りする母は、心を読む妖怪サトリの生き残りに認定される。叱らずに、名前をつけて面白がる。
これ、順番の話だと俺は思う。正解を出す前に、相手の事情を先に置く。それだけで、同じ話がまるで違って聞こえる。
技法ずらし方は定義替え・上には上・もっとやれ
笑いの作り方には、はっきりした型があります。ひとつめは定義替え。義母の「おそまつさま」の回では、感謝の対象を広げる言い方に変えさせて、立場をくるっと逆転させる。
ふたつめは、上には上がいる比較。娘の持ち物に家業名を書く父の相談では、ロック歌手の屋根の名入れや、イカ菓子で財を成した社長の金色の高級車と並べて、投書者の悩みの小ささを笑う。
みっつめが、とことん乗っかる「もっとやれ」。留守中に隠れる夫の回では、隠れたついでに白アリや配線を点検させる実用案を出してから、宗派の違う家族が家中に潜む自作コントへ暴走していく。いや、暴走しすぎやろ。
ところが、現実に使える解もちゃんと混ざってる。食卓で娘を見つめる父の回では、向かい合うと攻撃的になり、横並びだと友好的になる、という心理学の雑学が出てきて、座る位置を変える提案で着地します。
脱線の材料は、民話、落語、聖書、映画、語源、心理学。「左折は左遷」と右折しかしない父の回は、「左遷」の語源とフランス議会の座席の話へ。「実は狸」と言った母が、育った子に山へ帰れと言われる回では、鶴の恩返しや落語「天神山」の異類の妻を引いて、狸のまま通る言い訳を授ける。権威づけに見せかけて、全部ずらしの道具なんです。
オチ最後は矛先を投書者に返して締める
オチでいちばん多いのは、矛先を投書者に返す型。裸で料理する夫、日付と値段を記す父、拾った物しか大事にしない父の回では、さんざん当人を弁護したあとで、妻や家族の側にも原因や逆転案があると突きつける。相談したのに、こっちが諭される。そういう読後感です。
値段交渉をする夫と娘の回は、論点を値段にずらして、育児費の累計を逆請求させる方向へ進み、最後は乳離れの寂しさでしんみり終わる。笑いのあとに、急に人肌の温度が来る。
逆に、さんざん批判しておいて、自分がいちばん乗り気になる裏切り型もある。ミノムシの蓑を着せ替える父の回がそれ。助言する側が、いちばん楽しんでしまう。
ほかにも、さらに極端な提案、自作コントや架空の続編、突き放し、急にしみじみ真っ当、といった締め方が出てきます。からかいを戒める真面目な一言で締める回もある。ずっとふざけてた人が最後に一言だけ真顔になると、そこがいちばん刺さる。ずるいわ。
後半37編父の奇癖は哲学に、母の奇行は神話に
後半の37編では、父・夫の相談が14件ほど。甘党のあんこ中毒、物の名を呟く父、雑草に水をやる父、略語を連発する父、定年後にタレントを志す父。らもさんは、父の行動を文化や哲学や悟りの話まで持ち上げて正当化する。呟き癖は、物に名前をつけて安心する心理で説明され、略語は芸能界の符丁の系譜に並べられる。
雑学は気前がいい。江戸の大食い記録、インドで左手を使わない習慣、昭和の流行ギャグの系譜、落語「青菜」。自分の体験も混ざって、広告の撮影で素人のサラリーマンを起用した話、学生時代にコロッケでご飯をたくさん食べた工夫、徹夜明けにネギを水栽培した話まで出てくる。締めで目立つのは逆療法で、相手の癖を家族側が上回ってみせろ、という提案です。
母・祖母の側では、天国の祖父との年齢差を気にする祖母や、遺骨を見られるのを恥じる祖母が登場。後者には、発掘された人骨やミイラが展示される例を並べて、全面的に支持する。家族の頭にジョウロで水をかける母は、大地の母神が目覚めたという神話学の見立て。ふたを捨てる母は、幼いころの心の傷、という精神分析のパロディで説明される。
トイレで折り紙を教える変な子育てを企む姉には「完全犯罪に近い」と感心して、子が大人になるまでの未来を寸劇で描いてみせる。物でたたく母についての10歳からの相談には、怒らせてはいけない職業の枠に母を入れて、氷屋のけんかやホラー映画の凶器にまで話をそらす。家の中の小さな事件が、ここまで大きな話になる。
姿勢失業や広告の仕事の話を先にさらす
らもさんは、上から助言しない。先に自分をさらす。広告や印刷営業の仕事、失業した時期、コント台本を書いた経験。
ゆで卵攻めの母の回では、自分が失業した時期に妻の実家の卵でしのいだ恩があるとして、卵を悪く言う投書者を叱り、卵料理まで指南する。顔にシールを貼る夫の回では、額に物を貼りつける特技で竹中直人と張り合った話をしつつ、シールは邪道だと線を引く。そこは譲らんのかい。
朝帰りの夫を懲らしめたい相談では、張り紙の文句を考えることで、解決をコピーの勝負に変えてしまう。コピーライターの腕が、いちばん前に出る回です。
死ぬ場面だけで演技力を評価する母の回は、ほぼ真顔の批評。歌手と作詞作曲者を混同する例や、印刷営業時代の自分の体験を挙げて、評価の基準を取り違えると何が起きるかを論じ、最後は見当違いの評論家への皮肉で締める。
ここは俺にも身に覚えのある話で、LIMITSで作品後のプレゼンをやめたのも、話すのがうまい人が有利になって、作品と関係ない理由で負ける人が出ていたからでした。物差しを取り違えた評価は、だいたい誰かを不当に落とす。笑いの本の中に、急にこういう芯が出てくる。
真顔子どもの問いと生死の話には誠実に答える
全編がふざけているわけじゃない。子どもの問いや生死に触れるところでは、トーンが変わります。
魚は死んでいるのかと聞く4歳の回は、言い換えで食欲が失せる遊びから始まって、生き物を生で食べる話、食べ物の命に罪悪感を抱いて錯乱した症例と、だんだん真顔になる。最後は、誠実に説明することを勧めて終わる。
指の数を家族に当てはめる娘の回は、数が抽象になる前の段階があることや、原始文化の数え方を紹介して、子どもの認知の段階を尊重する。「なぜ妹だけお」の回は、接頭語を皮に見立てた言葉遊びで、子ども向けの説明の台本を作ってみせる。
6歳からの相談(安全靴をはく父)には全文ひらがなで答えて、パンクロッカーや鉄腕アトムを引いて父をかばう。「二人目はスペアか」と悩む相談には、自分の子どもの話を明かして安心させる。三択で話す高3の娘の回では、○×式の考え方を擁護して、日本のあいまいな会話を批評する。呼び方の相談(旦那、母の呼び名、東西の悪口)は、語源や男尊女卑の気配、アクセントの違いまで、半分は言語の講座みたいに真面目に検討して、最後に一言のツッコミで落とす。相手に合わせて、答えの形ごと変えてるのがわかる。
俺は2021年に「ワクワクを失わないように」で、学生にソフトの質問をされて正論で返し、あとで後悔した話を書きました。相手はたぶん、ワクワクしたかっただけ。らもさんは4歳にも6歳にも、まず面白がってから付き合う。大人が好奇心を潰さない、の実例がここにある。
注意点は二つ。連載は1980〜90年代と推測され、同性愛者の扱いやファミコン、1999年に人類が滅ぶネタなど、時代を感じる表現が出てくる。そして、深刻な悩みの解決策を探す本ではない。普通はあてにならず、どの家にも一癖ある。この見方を持ち帰る本です。
LESSONS明日から使える教訓
- 否定する前に、相手の事情を言葉にしろらもさんは、困らせている側の背景(世代や体験)を大まじめに言葉にしてから話を進める。背景に名前がつくと、聞いている側は受け止めやすい。ただ、名前の付け替えはやりすぎると詭弁になるので、そこは線を引いとこう。
- やめさせるより、代わりの案を出せ禁止して終わりにするより、満足感の残る別の案を出したほうが通る。ソースの回やマッサージの回がそう。事業づくり的にいうと、注意や評価の前に、まず誰の仕事かを確かめろ、ってことです。
- 助言の前に、自分の失敗談を出せ失業や貧乏の話を先に出すから、らもさんの答えは説教にならない。向かい合わせより横並びのほうが友好的、という座り方の雑学も、そのまま使える。俺的には、これがいちばん真似しやすい。
CONCLUSION俺の結論
結論。家族の変な癖にイラッとしたら、やめさせる前に、まず一回面白がってみる。喉まで出かかった正論は、いったん飲み込む。
そのうえで、その癖にもっともらしい理由をつけてみる。世代のせいでも、歴史のせいでも、妖怪のせいでもいい。理由がつくと、たいていの腹立ちは小さくなる。名前をつけるだけでも、けっこう違う。
人の相談に乗るときも同じです。正解を出すのは、そのあとでいい。笑ってから考える。この順番を、らもさんは70回やって見せてくれる。
FOR YOUこんな人におすすめ
- 家族の変な癖に、もう笑うしかなくなってる人
- 人の相談に乗る立場で、説教くさくならない返し方を盗みたい人
- 寝る前に1編ずつ、短い読み切りを拾い読みしたい人
合わないかもしれない人:深刻な悩みの解決策を探している人。この本の相談は、ほとんどが深刻じゃないので、そこは期待しないでください。
FAQよくある質問
『明るい悩み相談室 その1』はどんな本ですか?
作家の中島らもさんが新聞の人生相談欄に書いた回答から選んだ文庫の1冊目です。副題は「ニッポンの家庭篇」で、家族の変な癖をめぐる相談と回答が70編続きます。
続巻はありますか?
本書の巻末で案内されているのは、「その2 ニッポンの常識篇」と「その3 ニッポンの未来篇」です。
どんな相談が多いですか?
いちばん多いのは変な父・夫の相談です。困った母・妻・義母、子どもの素朴な疑問、親の嘘や取り越し苦労、家庭内の取り分や駆け引きなどが続きます。深刻な悩みはほとんどありません。
中島らもの答え方の特徴は何ですか?
投書者の味方をせず、困らせている当人を弁護して、価値をひっくり返すことです。背景を大まじめに分析したり、奇行を芸術や歴史に格上げしたりして、悩みの見え方を変えます。
まえがきや章立てはありますか?
ありません。いきなり1問目から、投書と回答が1編ずつ、全70編続きます。あとがき・解説・注もなく、最後の相談のあとに奥付が付きます。
どこから読んでもいいですか?
1編ずつの読み切りなので、拾い読みで大丈夫です。通して読むと、定義替えや「もっとやれ」といった答え方の型が見えてきます。
相談者はどんな人ですか?
6歳から64歳までで、関西の人が多めです。投書には地名・ペンネーム・年齢がついています。6歳からの相談には、全文ひらがなで答えた回もあります。
ふざけているだけの本ですか?
そうではありません。子どもの問いや生死の話では、最後に誠実な答えを置いています。ふざけの中の真顔が、この本の芸の核です。
古い時代の表現は気になりませんか?
連載は1980〜90年代と推測され、同性愛者の扱いなど、時代を感じる表現が含まれます。当時の文章として、そのつもりで読むのがおすすめです。
この本はどんな人に向いていますか?
家族の変な癖を笑いに変えたい人、人の相談に乗る立場で説教くさくならない答え方を知りたい人、短い読み切りを楽しみたい人に向いています。深刻な悩みの解決策を探す人には向きません。
MONOGENIC伊丹谷のブログから
- 正解が早すぎる社会構造正論の中身より、届く順番が人を消耗させる。やめさせ方を先に出さない、らもさんの答え方と同じ場所を見ている
- ワクワクを失わないように学生の質問に正論で返して後悔した話。子どもの問いに本気で付き合う回と、裏表になっている
- 僕のLIMITS③「プレゼンを切った理由。それは処刑に近かった」評価の物差しを取り違えると、関係ない理由で負ける人が出る。死ぬ場面だけで演技を採点する母の回と同じ構造
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