伝わらないのは、話し方のせいじゃない。脳が見せる世界が違うからだ。
INTROどんな本か
ちゃんと説明したのに、全然伝わってない。上司にも、部下にも、取引先にも。家族やパートナーにも。あれ、ほんまにしんどいですよね。
この本の答えはシンプルです。あなたの話し方が悪いわけでも、相手が鈍いわけでもない。人は脳のバイアスのせいで、同じ場面でも違う世界を見ている。だから伝わらない。
著者は脳科学者の西剛志さん。アスコムから2021年7月6日に出た本で、各章の冒頭に「Q.」の脳クイズを置いて解説していく作り。テンポがよくて、どんどん読めます。
芯は、コミュ力の定義をひっくり返すところ。話がうまい人が、コミュ力の高い人なんじゃない。自分と相手とで、脳が見せる世界が違うと自覚している人が、コミュ力の高い人だ、と。
これ、俺がLIMITSでプレゼンを廃止した理由と、同じところを見てると思う。話すのが得意な人が有利になって、作品と関係ない理由で負ける人が出ていた。描くことと、話すことは、別の能力だ。話のうまさは、伝わることの本体じゃない。
もうひとつ。夫婦の不和も職場のすれ違いも、根っこは「見ている世界の違い」に気づかないことと、「わかってくれるはず」という思い込みだ、と著者は言う。俺が2025年に「期待値のズレ」で書いた、部下なら言わなくても理解すべきだ、という勝手な期待の話と、ほぼ同じ構造です。期待が先にあるから、ズレたときに裏切られた気がする。
中身は5章。優先して使う感覚器の3タイプ、利き手・性別・国民性、環境が判断を変える仕組み、思い込む脳、言葉のマップ。8問の診断と、21項目のバイアスチェックもついています。
ただし、タイプ分けや男女差は統計上の傾向で、個人差が大きい。決めつけ自体がすれ違いの元だ、と本書自身が何度も念を押してる。分類は理解の道具で、相手を型にはめるためのものじゃない。ここは大事。
わかりあえないのが前提。そこから出発すると、すり合わせがちゃんと仕事になる。相手を変えようとする力が、すっと抜ける本です。
CHAPTERS章ごとの中身
はじめにコミュ力は話術ではなく、違いの自覚
西剛志さんは、うまくいく人とそうでない人の差を長年研究して、最大の差はコミュニケーションだった、と言います。ただし、話がうまい人がコミュ力が高いわけじゃない。話下手でも評価の高い人は多い。本書の定義は、自分と相手とで、脳が見せる世界が違うと自覚している人がコミュ力の高い人、です。
冒頭にはシマウマの縞クイズ。これには正解がなくて、自分の肌色の自己認識で答えが分かれる研究がある、という話です。見え方が違う者どうしの議論は、平行線になる。夫婦の不和、職場の上司と部下、子育ての悩みも、根っこは「見ている世界の違い」に気づかないことと、「わかってくれるはず」という思い込みだ、とされます。
見え方を変える仕組みが「脳のバイアス」で、遺伝、性別、地域、環境、経験で人ごとに違う。わかりあえないのが前提。でも、だからこそ想像して思いやれる、と著者は悲観しません。違いを知るだけで対人ストレスが大きく減る、というのが全5章の骨組みです。
いきなり「正解のないクイズ」から入るのが、この本の性格をよく表してる。正しい答えを探す前に、自分が何を前提に見ているかを疑え、ってことです。
第1章視覚・聴覚・体感覚、優先する感覚は3タイプ
第1章の芯は、人は優先して使う感覚器が違う、という話です。視覚、聴覚、体感覚(触覚・味覚・嗅覚)の3タイプ。1996年にニューヨーク大の教育学者が学習時の感覚器の違いを報告した、とされ、著者は2000人超を観察して、日本人は視覚44%、聴覚18%、体感覚38%という数字を挙げます。同じ海でも、視覚の人は青さ、聴覚の人は波音、体感覚の人は潮の香りや風を覚えている。
喧嘩の絶えない夫婦の例が効いてます。視覚タイプの妻は散らかりが不快で、体感覚タイプの夫は平気。著者が夫に、散らかった物を布団に詰めてくるまる体験をさせたら理解して、喧嘩が激減したそう。思い出話で相手が覚えていないのも、悪意でも不満でもなく自然なこと。聴覚タイプは足音やドア、食器の音に敏感で、体感覚タイプは寒暖に敏感。自分が平気でも、相手は苦痛かもしれない。
相性は贈り物にも出ます。視覚には見栄え(色・形・デザイン)、聴覚にはメッセージや言葉を添える、体感覚には触れながら渡す、肌触りや香りのよい物。話す速さも違って、視覚は頭の映像を全部言葉にしようとして早口、体感覚は感じながらゆっくり。テンポの違いだけで、関係はこじれる。
教え方は、視覚には全体像と図、聴覚には丁寧な口頭説明、体感覚には短い説明ですぐ体験。教える側が諦めると成長が止まる(ピグマリオン効果)ので、良いコーチや上司は相手に合わせて教え方を変える。名選手や営業の好成績者が後進を育てられないのも、タイプ差が一因かもしれない、という見方です。人を育てる立場の人は、ここだけでも読む価値がある。
8問の診断(各問をA視覚・B聴覚・C体感覚で0〜2点採点)で自分のタイプも分かります。ただし場面で使い分ける人が多く、仕事は理解してから、趣味はまずやる、という人もいる。一つの言動で決めつけない。決めつけ自体がすれ違いの元、と念押しされます。
第2章利き手・性別・国民性の、確かな差と俗説
利き手の話は、人は左視野を重視しがち(約9割を占める右利きで顕著)という指摘から始まります。左利きは右側を重視する人も多く、夫婦で同じ人への印象が正反対になるのは、視野の違いかもしれない、と。
男女差については、最初に釘を刺します。女性はおしゃべりで感情的、脳の構造が違う、といった俗説の多くは都市伝説。元ネタの1つの1982年の報告(脳梁が女性で太い)は、その後の研究で明確な性差はないと分かった、とされます。
そのうえで挙がる確かな差が5つ。①色の識別(女性のほうが細かい。似たピンクのシャツの違いが夫に見えていないことも)。②夜景を見ていられる時間(男性平均8分、女性44分)。③同時並行(電話が鳴ると男性は掃除をやめ、女性は続けながら話す傾向)。④記憶(女性は感情つきの物語、男性は切り取った情報として覚えやすい)。⑤空間認識(駐車場運営会社の調査で、車線変更や合流が苦手な女性は男性の約3倍)。どれも悪気じゃなく、一点集中型なだけ、という説明です。対面説明が苦手な営業職に、隣や斜めに座れる円卓を勧めて成績が上がった例もある。
国民性では、日本人は目で、欧米人は口元で感情を読む。欧米人がマスクを嫌うのは、表情が読めなくなるから。欧米系は主役を凝視し、中国出身者は背景と主役を行き来する(分析的思考と包括的思考)。パンダ、サル、バナナのどれを組にするかでも、西洋人は「動物」、東洋人は「サルとバナナ」の関係で選ぶ。海外で働く日本人の知人は、貢献を数値化して示すようになって、やっと評価されたそうです。
色以外は統計上の傾向で、個人差が大きい。偏見にしないよう注意、と本書は繰り返します。俺は、この本がいちばん誠実なのは、この注意書きをしつこいくらい置いてくるところだと思う。
第3章椅子や飲み物や天気が、判断を勝手に変える
判断の大半(94〜96%)は無意識だ、という前提で、研究例が次々に並びます。同じ人でも、ソファに座るほうがやさしく見える。硬い物に触れると相手を頑固と感じて、交渉の譲歩も小さくなる。商談室の椅子を柔らかくして成約率が上がった例も出てきます。
温かいコーヒーを持つと他人をやさしいと評価し、冷たいと利己的と評価する(身体化された認知)。甘い物で協調的になり、菓子店の前では親切にする人が約2割から5割に増えた、とされる。夫婦ゲンカにはソファと温かい飲み物。天気も効いていて、晴れの日は協力的になり、窓のない部屋でも「よい天気」と伝えるとチップが増えた。
育ちの話もあります。22度前後の穏やかな気候で育った人は協調性や外向性が高い(4か国調査)。外向的な人は海、内向的な人は山を好む傾向がある。ただし性格の遺伝は3〜4割で、環境で変わりうる。窓から緑が見える棟は犯罪や薬物使用が少なく、緑の見える病室は回復が早く、オフィスの緑で問題解決の柔軟性が約15%向上。造花やオブジェでは効果なし、とのこと。
生まれ順では、ノーベル賞受賞者の分析で、第一子は科学、末っ子は文学・平和賞が多い。年をとると時間が速く感じる理由は3つで、時間への注意の頻度、新しい体験の数(ジャネーの法則)、代謝。ドタキャンの定義調査では「前日」が最多だけど、沖縄では「1時間前」が最多だった、という例も。
実務への結びつけは単純です。難しい話は、柔らかい椅子と温かい飲み物のある場で。職場には本物の植物を。話の中身より先に、座る椅子が結論を左右してるかもしれない。正直、会議室の椅子を見直したくなります。笑
第4章思い込む脳と、21項目のバイアスチェック
人は見ているようで、見ていない。1999年の「見えないゴリラ」実験では、パスを数える課題中に着ぐるみのゴリラが横切っても、過半数が気づかない。買ったバッグが街で急に目につくのは、関心のある情報だけを拾う脳の性質(バーダー・マインホフ現象)です。
晴れ男・晴れ女は、日本では年100日以上雨が降るので、1/4〜1/3は雨に当たって当然。晴れの記憶だけ残せば晴れ男になる。血液型診断に根拠はなく(約4割がA型)、占いが当たると感じるのは、誰にでも当てはまる文言を自分のことと思うバーナム効果。目撃記憶が思い込みで書き換わる偽記憶は、米国で黒人の誤認逮捕が多い一因とされ、初心者には約40度のスキー斜面が70度に感じられて、そのまま記憶される、という例も添えられます。
仕事や暮らしに近い話が続きます。婚活では、身長が1cm足りないといった1条件の違いで、長所を全部見落とす。投資は、一度成功した手法に固執すると急変に対応できない。「金持ちは悪い人」という思い込みは、稼ぐ行動に無意識のブレーキをかける。「能力は固定」という思い込みも成長を止め、「頭は使うほど伸びる」と教えた群の成績が伸びた実験が引かれる。一度の出来事で店や人や自分を決めつける過度の一般化については、差し戻した上司は真剣に検討しただけかもしれない、と別の理由を考える癖を勧めます。
現状維持バイアスは、慣れたものを選ぶ傾向。ここでコロナ禍の事例が出る。海外旅行できない富裕層へ売り込んで最高益を出した高級車営業、講演中止の期間にオンライン化して全国から集客した講師。環境の激変期は、常識を疑う好機だ、という文脈です。
反省しない人の説明に使われるのが、実力のない人ほど自信過剰になるダニング=クルーガー効果、楽しい記憶だけ残る想起バイアス、前向きすぎて失敗を省みないポリアンナ症候群。章末は、世代への決めつけ、反対者の敵視、過去の成功への依存など21項目のチェックで、点が高いほど、自分で「わかりあえない状況」を作っている可能性がある、とされます。これ、他人に当てはめて読むと台無しになるやつです。まず自分でやる。
第5章言葉のマップは、人ごとに違う
結論の章は「言葉のマップ」の話から始まります。テーマから浮かぶ言葉の並びは、体験で作られるので人ごとに違う。「成功」の類語を420名に書かせても、グループで一致したのは最大1語だった、という数字です。伝わらないのは誰のせいでもなく、ずれを前提にすり合わせるのがコミュニケーションだ、と。美容院の「前髪を短く」や、中華料理の「辛い」の程度も同じ話。
自分だけに見えている世界、という指摘もあります。観戦や街歩きやプレゼンで記憶に残る点は人ごとに違って、研究では「あめ」を聞いたときの脳の反応部位が、東京育ちと東北育ちで違ったとされる。わかりあえない不安は、制御できない事態への恐怖と同じ仕組みなので、脳の反応だと知れば余裕が出る。
信頼のカギとして挙がるのがミラーニューロン。1996年にサルで発見された、他者の心を読みまねる働きを支えるとされる神経細胞で、敬意を払う気持ちだけで信頼が深まる、という流れです。うまくいく人は、親身で腰が低く、相手の話す速さに合わせる「カメレオン型」。相手をたたえると、自分のストレスも減って結果が出る、と述べられます。
着地は、変えられるのは相手でなく、自分の環境と認知の偏りだ、ということ。椅子や飲み物のような環境はすぐ変えられるし、認知の偏りは第4章のチェックで意識すると弱まる。まとめの章はこれまでの再掲で、どれも傾向にすぎず、違いを認めれば楽になる、と結ばれます。
俺は2021年の連載で、他人を変えるのは自分にはまず無理だと学んだ、と書いた。だから自分の課題と他者の課題を分けて動く、と。この本の着地は、脳科学の側から同じ場所にたどり着いてると思う。
おわりに著者の動機と、「ふつう」の違い
おわりに(2021年6月)では、研究の動機として、著者自身が免疫系の難病を、ストレスから解放されることで約半年で完治したと語ります。変わったのはストレスからの解放だけだった、と。医療の話なので、これは著者の経験の記述として読むのが安全です。
その中身は、相手の世界観を認めて敬意を払うこと。長崎の高校生が、自分と周りの「ふつう」の違いを書いた記事に90万人が共感した例を挙げて、ストレスの大半は人間関係であり、視点を多く持つことが解放の鍵だと結んでいます。
「ふつう」は、人の数だけある。この本は最後に、その当たり前をもう一度だけ静かに置いて終わります。
LESSONS明日から使える教訓
- 説明は、相手のタイプに合わせて変えろ視覚には全体像と図、聴覚には丁寧な口頭説明、体感覚には短い説明ですぐ体験。通じないときは説明を重ねず、やらせてみる。ものづくり的にいうと、仕様書だけで渡さずに、触れる試作も一緒に渡せってことです。
- 程度の言葉は、数字か見本で決めろ「短く」「急ぎ」「辛い」は、人ごとに基準が違う。数値や見本で合意しておく。相手がゆっくり話す人なら、自分の早口が伝わっていない前提で理解を確かめる。俺的には、これが明日から使える一番の実務です。
- 一回の出来事で、人を決めつけるな差し戻した上司は、真剣に検討しただけかもしれない。採用・取引・投資では、過去の成功パターンに縛られていないか点検する。決めつけは、相手より先に自分の視野を狭くします。
CONCLUSION俺の結論
結論。伝わらなかったら、話し方を磨く前に、相手が何を見ているかを聞け。同じ場面でも、見えている世界は違う。
「短く」は何cmか。「急ぎ」はいつまでか。言葉のマップは人ごとに違うから、程度の言葉は数字か見本に置き換える。難しい話は、柔らかい椅子と温かい飲み物のある場所でする。
わかりあえないのは、誰のせいでもない。前提です。そこから始めれば、すり合わせはちゃんと仕事になる。相手を変えるより、自分の環境と思い込みを変える方が、ずっと早い。
FOR YOUこんな人におすすめ
- 説明したのに伝わらない、とよく感じる人
- 部下や家族、パートナーとのすれ違いに疲れている人
- 人に教える立場で、教え方を相手に合わせたい人
- 脳科学や心理学の話を、クイズ形式で軽く読みたい人
合わないかもしれない人:人のタイプを分類して、相手を使い分けたいだけの人。本書自身が、決めつけ自体がすれ違いの元だと書いています。
FAQよくある質問
『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』は何の本ですか?
脳科学者の西剛志さんが、話が通じない理由を脳のバイアスから説明する本です。感覚のタイプ、男女・文化・環境の違い、思い込みを扱います。
視覚・聴覚・体感覚の3タイプとは?
優先して使う感覚器の違いです。視覚には全体像と図、聴覚には丁寧な口頭説明、体感覚には短い説明ですぐ体験、が合うとされます。場面で使い分ける人も多いと書かれています。
出版社と発行時期は?
アスコムから、2021年7月6日に発行されています。
コミュ力が高い人とは、どんな人ですか?
本書の定義では、話がうまい人ではなく、自分と相手とで脳が見せる世界が違うと自覚している人です。
「脳のバイアス」とは何ですか?
見え方の違いをつくる脳の仕組みで、遺伝・性別・地域・環境・経験によって人ごとに違うとされます。第4章には21項目のバイアスチェックがあります。
自分のタイプは診断できますか?
第1章に8問の診断がついています。ただし場面で使い分ける人が多く、決めつけは禁物だと書かれています。
男女差の話は信頼できますか?
本書は、男女差の俗説の多くを都市伝説として否定したうえで、色の識別や同時並行などの確かな差を挙げています。いずれも統計上の傾向で、個人差が大きいと注意しています。
「言葉のマップ」とは何ですか?
テーマから浮かぶ言葉の並びのことで、体験によって人ごとに違います。「成功」の類語を420名に書かせても、グループで一致したのは最大1語だったという例が出てきます。
伝わらないとき、まず何をすればいいですか?
説明を重ねる前に、相手の話すテンポに合わせ、程度を表す言葉は数値や見本で具体化します。変えられるのは相手でなく自分の環境と認知の偏り、というのが本書の立場です。
この本の注意点は?
脳科学や心理学の研究例は本書の説明の紹介で、数字の細部は本書の記述のとおりです。タイプ分けや国民性は統計上の傾向なので、一人ひとりを決めつけるのには使えません。
MONOGENIC伊丹谷のブログから
- 僕のLIMITS③「プレゼンを切った理由。それは処刑に近かった」描くことと、話すことは、別の能力だ。話がうまい人がコミュ力が高いのではない、という本書の定義と同じ場所を見ている
- 人生の苦しみは「期待値のズレ」から生まれる。言わなくても理解すべき、という勝手な期待。本書の「わかってくれるはず」という思い込みの話そのもの
- 連載:Think out the box vol.4 “ゼロイチ”他人を変えるのは無理だと学んで、自分と他者の課題を分けて動く。変えられるのは自分、という本書の着地と重なる
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