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小説

ある科学者の「わからない」から、人類の落日が始まる。

三体劉 慈欣

三体

劉 慈欣 ・ Kindle版

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ひとことで言うと劉慈欣さんの長編SFです。文化大革命で父を殺された天体物理学者・葉文潔が宇宙へ送った信号が、四十数年後、科学者の連続自殺と「宇宙が瞬く」怪現象を呼びます。VRゲーム「三体」の謎を軸に進む、2015年ヒューゴー賞受賞作。

INTROどんな本か

「三体問題」という言葉があります。三つの天体が引き合うとき、その動きを一般的な式では解けない、という物理の難問です。

この小説は、その解けなさを、文明の生き死にの話に変えてしまった。劉慈欣さんの長編SF『三体』(The Three-Body Problem)。早川書房の日本語版で、電子書籍版は2019年7月15日の発行です。

訳は大森望さん、光吉さくらさん、ワン チャイさん、監修は立原透耶さん。原書は2008年に重慶出版集団から出ていて、2006年に雑誌『科幻世界』で連載されていました。全3部35章で、2015年にヒューゴー賞を受賞。アジア初、翻訳作品でも初の受賞です。三部作の累計は、中国語版だけで2100万部(2019年5月時点)。

物語は二つの時間を行き来します。文化大革命の1967年から始まる葉文潔の過去と、四十数年後にナノ材料の研究者・汪淼が巻き込まれる現在です。

始まりは暗い。物理学の教授が、宇宙の始まりの前を問われ、科学者として誠実に「わからない」と答えて、殺される。その娘が、人間への信頼を失っていく。ここが物語全体の根になります。

俺は2021年の「政治」の回で、答えはあっても正解はない、と書いた。正解がある前提を疑って、一緒に考えることが欠けている、と。この小説の第1章は、正解を一つに決めた社会が、「わからない」と言う人間を許さなかった場面です。重さの桁は違っても、見ている構造は同じだと思う。

そこから、科学者の連続自殺、毎回結果が変わる加速器の実験、視界に浮かぶカウントダウン、宇宙が瞬く怪現象へ。VRゲーム「三体」が、それらをつなぐ鍵になります。

宇宙人が攻めてくる話は、だいたい外の敵の話になる。この小説は順序が逆だ。先に、人間が人間に失望する。外の敵は、その後に呼ばれる。

ハードSFやファーストコンタクトものが好きな人はもちろん、科学が政治に裁かれる歴史に関心がある人にも読みどころがあります。ドラマ版から入った人が、原作の中身を確かめるのにも向く。

あらすじは結末付近にも触れます。文革の暴力や自殺、殺人の場面を含む作品なので、そこは心づもりを。俺は、第一部の重さを受け止めたうえで読み進めるのがいいと思う。

CHAPTERS章ごとの中身

第1章1967年の北京、物理学者が壇上に立たされる

物語は、1967年の北京、文化大革命のさなかから始まります。紅衛兵の派閥が大学の建物を奪い合い、屋上で旗を振っていた15歳の少女が撃たれて死ぬ。理想に酔った若者が使い捨てられていく時代の空気が、最初の数ページで示されます。

大学の運動場では、吊し上げの集会が開かれます。標的は物理学教授の葉哲泰。罪状は、相対性理論、ビッグバン、量子力学のコペンハーゲン解釈を教えたこと。科学の理論そのものが、政治の言葉で裁かれる。壇上には少女の紅衛兵4人と、かつての教え子だった男子学生2人が並び、妻の紹琳は保身のために夫を告発します。

「宇宙の始まりの前」や「神の存在」を問われた葉哲泰は、科学者として誠実に「わからない」と答える。その結末を、娘の文潔は押さえつけられたまま、声も出せずに見届けます。続く場面で、恩師の阮雯もすでに命を絶っていたことを知る。文潔の感情は、ここで止まります。

この章は軽い気持ちで読む場所ではないし、軽く紹介するべきでもない。ただ、ここがあるから、後の選択に説得力が出る。俺はそう思います。

第2・3章『沈黙の春』と、レーダー峰の紅岸基地

2年後、文潔は内モンゴル生産建設兵団で、原生林の伐採に回されています。樹齢300年を超えるカラマツが数分で倒される現場に、記者の白沐霖と文潔は、二人とも違和感を覚える。

白沐霖は、英語ができる文潔に、内部資料として翻訳中のカーソン『沈黙の春』を貸します。後年の文潔が振り返る形で、この本から「人類の行為そのものが悪でありうる」「人類は自力では道徳に目覚めず、外の力が要る」という考えを得たと示される。この思想が、物語の根にあります。

やがて、伐採による生態破壊を訴える手紙を清書した件が、反革命の投書とされる。白沐霖は保身のために「頼まれて写しただけ」と証言し、拘置所では、父の「罪」を告発する書類への署名を迫られる。その書類の提供者は、妹の文雪でした。

森の奥のレーダー峰には、巨大なパラボラアンテナを持つ謎の軍事基地「紅岸」がある。学生時代に書いた太陽の放射層の論文が目に留まり、文潔は政治委員の雷志成と技術責任者の楊衛寧に迎えられる。入れば一生出られないかもしれないと言われても、文潔は即座に参加を選びます。

第二部科学者の連続自殺と、毎回違う実験結果

場面は四十数年後に移ります。視点人物は、ナノ素材研究者の汪淼。粗暴な刑事・史強に、国際学術組織〈科学フロンティア〉との接触を問いただされ、作戦司令センターに連れて行かれる。常偉思少将は「戦時」だと言います。

自殺した物理学者の名簿の最後にあったのは、理論物理学者の楊冬でした。遺書は白樺の樹皮に数行だけで、趣旨は「物理学はこれまでもこれからも存在しない」。自殺者の多くは〈科学フロンティア〉の会員で、テーマは「科学に限界はあるか」。汪淼は、入会して内部の情報を流すよう頼まれます。

その夜、楊冬の恋人だった物理学者の丁儀が、ビリヤード台を部屋のあちこちに動かして、同じ球を突いてみせる。場所や時間が変わっても結果が同じになる、それが科学の土台だ、という実演です。ところが近年、北米・欧州・中国の3台の高エネルギー加速器で、同じ条件の衝突実験の結果が毎回違っていた。物理法則が、時空を超えて一定ではない。それが遺書の意味でした。

〈科学フロンティア〉で語られる二つの仮説も怖い。的に穴を開ける射撃手の都合を、宇宙の法則だと思い込む二次元の生物(射撃手仮説)。毎朝11時の餌を法則と見なしたのに、クリスマスの朝に殺される七面鳥(農場主仮説)。法則に見えるものは、上位の存在の都合にすぎないかもしれない。

第二部写真のカウントダウンと、明滅する宇宙

汪淼が現像したフィルム(完全機械式のライカM2)の全コマに、白い数字の列が写っています。1200時間から減っていくカウントダウン。汪淼本人が撮ったときだけ出て、やがて視界そのものに浮かび、目を閉じても消えない。超高強度ナノ材料「飛刃」の研究を止めると、消える。

申玉菲は、3日後の14日午前1〜5時に、全宇宙があなたのために点滅する、と予告します。確かめに向かったのは、北京郊外・密雲の電波天文観測基地。葉文潔の教え子で、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)を研究する沙瑞山は、全天が数%もゆらぐなどありえない、と取り合わない。

ところが午前1時、COBE、WMAP、プランク、ウルムチの地上局までが、完全に同期して揺れ始める。波形をモールス信号として読むと、写真と同じカウントダウンだった。CMBを可視光に変える「3K眼鏡」で、汪淼は夜空全体が赤く明滅するのを肉眼で見ます。

夜明けの王府井で泣き崩れた汪淼を、史強が下町の食堂に連れ出し、「不可解な出来事の裏には必ず誰かいる」という自分の法則を語って立ち直らせる。理屈を持たない現場の人間が、いちばん崩れない。俺はこの場面の史強が好きです。

第二部VRゲーム「三体」と、解のない三体問題

汪淼は、全身に触覚を返すVスーツで、ゲーム「三体」にログインします。太陽の動きが予測できない「乱紀」と、昼夜が規則正しい「恒紀」がある世界。乱紀には極寒と灼熱が突然やって来て、人は体の水分を抜いた「脱水体」で耐え、恒紀が来ると水に浸けて生き返る。ゲームの目的は、太陽の動きの法則を見つけることです。

周の文王の暦は外れ、文明#137は戦国時代の段階で滅ぶ。その後も、墨子、ガリレオ、ニュートンとフォン・ノイマンが登場し、文明は何度も滅びては再起動する。始皇帝の3000万の秦軍で論理ゲートを組む「人列コンピュータ」は、単純な役割の組み合わせで大きなシステムが作れる一方、一つの誤りで全体が止まる、という場面でもあります。

汪淼の仮説は、この世界には太陽が三つあり、引き合って運行が予測不能になる、というもの。一つの太陽を安定して回る期間が恒紀、他の太陽に引き回される期間が乱紀。三つが同時に昇る「三太陽の日」は、地表を溶かす最悪の災厄です。

原注には三体問題の概略があります。特殊解は見つかってきたが、一般解は実用にならない。ゲームの中の科学顧問は、二世紀の計算の結論を「三体問題に解はない」と告げる。三体系はカオスで、わずかな誤差が無限に拡大するからです。どれだけ精密に計算しても、解のない系は解けない。この章は、その事実を、文明が何度も焼かれる映像として見せてきます。

第12〜14章紅岸基地の表の目的と、本当の目的

汪淼は、楊冬の母である葉文潔を訪ねます。60代の白髪で、近所の子どもの面倒を見て暮らす、穏やかな女性。その葉が語る「紅岸」の回想が、第12〜14章です。

政治委員の雷志成は、紅岸を「巨大な電子レンジ」と説明していました。大気圏外の敵衛星に強力なマイクロ波を当てて、電子機器を焼く兵器だ、と。ところが、米偵察衛星の画像を傍受できたのに監視を打ち切る、送信周波数が兵器として意味をなさない、と不可解なことが続く。やがて雷はそれが作り話だったと告げ、楊衛寧が真相を語ります。

第13章は、機密解除された内部文書の抜粋という体裁です。主流から軽視される地球外知的生命探査(SETI)は、大きな「技術跳躍」を生みうる。メッセージ案の推敲も出てきて、第一稿は革命の正義を説く政治宣伝で却下され、第四稿は人類の成果とともに貧困・戦争・格差を率直に認める内容でした。

第14章では、なぜSETIが最高機密だったのかが説明されます。接触は人類を団結させず、分断を深める。相手の中身にかかわらず、接触そのものがスイッチになって社会を揺るがす、という「象徴としてのコンタクト」論です。外の敵が人類をまとめる、という物語の定番を、ここで静かに裏返している。

第三部散らばった謎が、一本につながる

第三部で、ここまでの謎が一本につながります。科学者の連続自殺、写真のカウントダウン、VRゲーム「三体」、そして葉文潔の回想。バラバラに見えた出来事が、一つの組織と、一つの選択に収束していく。

ここから先は、この本の核心なので書きません。誰が、いつ、何を選んだのか。それを知った瞬間に、第1章の吊し上げの場面の重さが、まるで違って見えてくる。読み終えた人とだけ、その話をしたい。

一つだけ言うと、終盤には大がかりな作戦と、人類の科学そのものを揺るがす仕掛けが待っています。そして最後に、刑事の史強が、打ちのめされた二人をある場所へ連れ出す。俺は、その場面がこの本でいちばん好きです。

俺は2026年に、論理は地図で、地図は地形ではない、と書いた。答えの出ない領域を抱えたまま動き続けることを、これからの思考の軸にしたい、と。解のない問題を前にしても仕事へ戻っていく人たちは、それをいちばん素朴な形でやっていると思う。

訳者あとがき連載、英訳、ヒューゴー賞

訳者あとがきによれば、本作は2006年に『科幻世界』で連載され、2008年に重慶出版社から刊行されました。2014年にケン・リュウの英訳が出て、2015年にヒューゴー賞を受賞。三部作(第二部『黒暗森林』、第三部『死神永生』)の累計は、中国語版だけで2100万部(2019年5月)とされます。

著者は、7歳の1970年に人工衛星・東方紅1号を見たこと、文革、板橋ダム決壊などの体験が、作品に反映されているそうです。中国語の初刊本は政治的配慮で文革パートを中盤に置いていましたが、この日本語版は英訳と同じく本来の順序に戻している。冒頭が1967年から始まるのは、そのためです。監修者解説は、中国で「文学以外」扱いだったSFの地位を、劉慈欣が覆したことを語ります。

LESSONS明日から使える教訓

  1. 競合は、今の差より伸び率で見ろ圧倒的に見える相手でも、成長の速さが逆なら、いつか追い越せる。この物語には、その物差しで相手を測る場面が出てきます。事業づくり的にいうと、今期の売上より伸び率を見ろってことになります。
  2. 土台を、外に握らせるな物語の終盤には、人類の科学の土台そのものが揺さぶられる展開がある。自分の学びや研究の土台を、外部に握らせない。物語を超えて、現実の組織にも通じる教訓だと思う。
  3. 分業の中でも、犠牲から目をそらすな各自が「一部を担っただけ」と思えると、重大な決断の責任は薄れる。決める人こそ、犠牲を見る。俺は、文革パートと終盤のある作戦は、同じことを別の角度から問うていると思う。

CONCLUSION俺の結論

結論。解けない問題の前で、手を止めるな。

三体問題に解はない。それでも、この物語の人たちは、答えが出ないまま仕事に戻っていく。答えを出すことと、動き続けることは、別の能力です。

もう一つ。誰かが「わからない」と正直に言ったとき、それを許せる場を守ること。この物語は、それを許さなかった社会から始まっている。読み終えたら、第1章の運動場をもう一度思い出してほしい。あの「わからない」が、全部の始まりだったから。

NEWS関連ニュース

この本のテーマについて、最近話題になったニュースです。

THR Japan(ハリウッド・リポーター・ジャパン) ・

Netflixドラマ『三体』シーズン2に、『ゲーム・オブ・スローンズ』の俳優が続々参戦!エイリアン侵略で壮大な展開へ

Netflixの実写ドラマ『三体』シーズン2の新キャストを伝える記事です。ゲーム・オブ・スローンズ出身のアルフィー・アレンらが加わり、シーズン1の主要キャストも続投します。撮影はハンガリーのブダペストで始まったばかりで、配信日は未発表、2026年が有力と伝えています。Netflixはシーズン3までの更新を決めています。

この本とのつながり:原作の三部作が、今も映像化によって新しい読者に届いていることを示すニュースです。ドラマと小説では描かれ方が異なるので、原作の第一部の文革パートがどう扱われるかは、読み比べるときの見どころになります。

FOR YOUこんな人におすすめ

合わないかもしれない人:暴力や自殺の描写が苦手な人。文化大革命の場面は重く、描写も具体的です。

FAQよくある質問

『三体』はどんな小説ですか?

劉慈欣さんの長編SFです。文化大革命下で女性天体物理学者が宇宙へ送った信号が、四十数年後、科学者の連続自殺と宇宙の怪現象を呼びます。2015年にヒューゴー賞を受賞しました。

「三体問題」とは何ですか?

三つの天体が互いに引き合うときの運動を、一般的な式では解けない問題です。作中のVRゲーム「三体」では、三つの太陽に翻弄される文明が、何度も滅びる世界として描かれます。

この日本語版はシリーズの第何作ですか?

三部作の最初の一冊で、全3部35章です。第一部「沈黙の春」から第三部「人類の落日」までを含み、葉文潔が紅岸基地跡で「人類の落日」とつぶやく場面で終わります。

物語は誰の視点で進みますか?

過去の葉文潔と、現在の汪淼の二つの時間が交互に進みます。終盤には、三体世界側の視点の場面もあります。

「智子(ソフォン)」とは何ですか?

物語の終盤で明かされる、三体文明の仕掛けの名前です。中身はこの本の核心にふれるので、ここでは伏せます。

地球三体協会(ETO)とは何ですか?

物語の後半に登場する組織です。異星文明の到来を待ち望む人々の集まりで、内部には考え方の違う派閥があります。誰が率いているのかを含め、詳しくは本書で確かめてください。

この本に暴力的な場面はありますか?

あります。文化大革命の暴力や、自殺、殺人の場面を含む作品です。第一部の描写は具体的なので、読む前に心づもりをしておくことをおすすめします。

翻訳や版について知っておくことは?

中国語原書からの全訳で、訳は大森望さん、光吉さくらさん、ワン チャイさん、監修は立原透耶さんです。中国語の初刊本では中盤にあった文革パートが、本来の順序に戻されています。

SF初心者でも読めますか?

物理の話は出てきますが、全部を理解する必要はありません。第一部は歴史小説のように読め、第二部以降は謎解きの面白さで進めます。ただし、物語の重さには覚悟が要ります。

Netflix版との関係は?

この小説を原作にしたNetflixの実写ドラマがあり、シーズン2は2026年配信が有力と伝えられています。ドラマと小説は描き方が異なるので、別々に楽しめます。

MONOGENIC伊丹谷のブログから

ご注意:物語の前半の展開にふれています(結末と終盤の展開は伏せています)。文化大革命の暴力や自殺、殺人の場面を含む作品です。一部の細部は確認できていません。

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