読めない原因は、わからないことじゃない。わかったつもりだ。
INTROどんな本か
「わからない点はありますか?」「ないです」。
会議でも授業でも、毎日どこかで交わされてるやりとりです。で、この本はそこにツッコんでくる。その「ない」、本当に分かってます?と。
主張は一貫してます。読解力がつかない最大の原因は、わからないことじゃない。わかったつもりになることだ。わからないときは調べればいい。でも、わかったと思った瞬間、人はその先を探さなくなる。
著者は教育心理学者の西林克彦さん。光文社新書で、2005年に出た本です。題材は童話や小学校の教科書の文章なのに、刺さるのは大人の方。
たとえば、小学6年の教科書の「正倉院とシルクロード」を大学生88人に読ませた調査。約8割が「わからない点は特にない」と答え、要約もまずまずできていた。ところが細部を聞くと、書かれていない関係を作って読んでいたことが分かる。仏教と正倉院の関係を、41%が何かしら書いてあったと答えたんです。正解の「書かれていない」は9%でした。
核になる考え方はシンプルで、わかるとは、文章の部分どうしに関連がつくこと。そのとき読み手は、文に書かれていない知識(スキーマ)を無意識に持ち込んでいる。だから全体の雰囲気に流されると、部分が読めないまま「わかった」が完成してしまう。間違った「わかったつもり」ほど壊れにくい、とまで言います。
ここで白状しておくと、俺は2020年に Kindle Unlimited の読み方として、1ページ1分以内、読むんじゃなく見る、と書いた人間です。いや、真逆やん。笑 でもこの本も、新聞やネット記事ならさっと読んで分かれば十分なことが多い、と認めている。問題は、深く読むべき場面で、同じ読み方をしてしまうことです。
後半は壊し方。読後に自分で要約してみる。簡単すぎる、「ああ、あれね」と感じる、きれいごとが出る。それが警報。部分に焦点を当てる新しい文脈を持ち込んで、もう一度読む。
効くのは、契約書や企画書の読み落としが怖い人。人に教える立場で、「分かった?」「はい」で済ませてしまっている人。
これは国語の本というより、仕事の確認作業の本です。
CHAPTERS章ごとの中身
はじめに障害は「わからない」より「わかった」
出発点ははっきりしてる。文章をよりよく読むうえでいちばんの障害は、「わからない」ことじゃなく、「わかった」と感じている状態だ、と。わからないときは、知らない語や文法を調べるなど、努力の方向が見えやすい。ところが一読して「わかった」と思うと、その先に進む手がかりがなくなる。だから、不十分な「わかった」、つまり「わかったつもり」を壊すことが要る。
背景には、2004年12月のPISAで日本の読解力の低下が大きく報じられたことがあります。PISAの課題は、論点の整理や批判的な記述を求めるもので、ふだんの国語の読解とは違う、という擁護論もある。それでも、批判的に読んで書く力はこれから必要で、その前提として、表面をなでるだけで終わらない読みが要る。これが著者の立場です。
わからない人には、まだ伸びしろが見えている。わかったつもりの人には、伸びしろごと見えていない。この順番の指摘が、本全体の背骨です。
第1章子ねこの童話を表にすると見えるもの
題材は、小学2年の国語教科書(東京書籍、平成元年度版)に載っていた童話「もしもしお母さん」。家で生まれた3匹の子ねこが、よその家にもらわれて名前も変わり、母ねこがおもちゃの電話で一匹ずつと話して安心する、という話です。読後に著者は2つを確かめる。わからない点はあったか(ほぼ誰もないと答える)。もっとわかりたいと思うか(多くの人は今のわかり方で満足している)。
次に「どの子ねこが何を話し、母ねこがどう答えたか」を聞かれると、多くの人はあいまいにしか思い出せない。そこで、子ねこごとに性別、性格、もらわれ先、子ねこの話、母ねこの返事を埋める表を作らせる。性別は本文に書かれていなくても、一人称や母ねこの呼び方、新しい名前から推測できる。性格は最初の描写から、1匹は「いたずら好き」とわかる。すると母ねこの返事が、報告への応答と、その性格に合わせた注意の二つでできていることが見えてくる。しっかり者の子ねこへの返事は短く、信頼がにじむ。
表を埋めると、どの子ねこも性格に合った家にもらわれた「適材適所」だったとわかり、だから母ねこが安心した、と読める。読みが深まったのは、子ねこの言葉と母ねこの言葉という部分どうしに、前よりずっと緊密な関連がついたから。まとめは4点。部分どうしに関連がつかないと「わからない」。つくと「わかった」。緊密になるほど「よりわかった」。そして関連をつけるために、読み手は文にない知識や仮定を持ち込んでいる。
理解が背景知識に支えられている例として、Bransford & Johnson(1973)などの短文も出てきます。小銭がなくて車が持っていかれる文は、パーキングメーターを思いつけば一気に通じる。布が破れて干し草の山が大事だった文は、パラシュートと示されると状況が見える。
小2の童話で、大人がちゃんと置いていかれる。ここがこの本の意地の悪いところで、いちばん説得力のあるところです。
第2章意味は文脈によって引き出される
第2章の主役は「文脈」。何の話か知らないまま他人の会話を聞くと、言葉は聞き取れても意味が通らない。題を伏せた文章(実は凧揚げの話)も、題を知ったとたんに全部が通じる。何の話かがわかると、その事柄についての知識のまとまり、認知心理学でいう「スキーマ」が動き出して、部分どうしをつなぐ。必要な部分だけを呼び出すこの働きを「活性化」と呼びます。
風船でスピーカーを吊り上げ、上の階の女性に歌を届ける男の絵を使った実験も出てきます。絵を先に見たグループは文章の再生も理解の評価も良く、見なかったグループはかなり悪かった。文脈は、スキーマを呼び出すきっかけだけでなく、この場面ならではの具体的な状況という情報も与える、という指摘です。
2節では、男が朝に身なりを整え、朝食、新聞、電話、家族とのやりとりを経てバス停へ向かう短文が使われる。そのままなら「朝の支度の話」。でも「失業者」という文脈を与えると、服装、新聞のどの欄を読むか、電話の用件が、すべて「求職」に結びつく。文脈を「株仲買人」に替えると、同じ部分から引き出される意味が大きく変わり、正反対にもなる。そうした意味は文章には書かれておらず、文脈によって引き出されたもの。文脈、引き出された意味、部分の記述という三層のモデルが示されます。
3節では、文脈を積極的に使って「わかったつもり」を崩せないか、と子ねこの童話に戻る。一読後の「心配していた母に連絡があり安心した」という大まかな文脈では、3匹との会話から似た意味しか引き出していない。新しい文脈「個体識別」に移ると、会話ごとに「いたずら好きへの注意」「あわて者への注意」「しっかり者への励まし」と、違う意味が出てくる。役に立たない文脈は捨てればよく、「季節」を試す例(猫の発情は1〜3月と5〜6月に多く、妊娠期間は63〜65日)まであります。
同じ資料でも、誰の立場で読むかを替えると、別のものが出てくる。効かなければ捨てていい、という軽さもありがたい。
第3章88人が「正倉院」で読み違えたもの
題材は、小学6年の国語教科書(東京書籍、平成8年度版)にある、長沢和俊の説明文「正倉院とシルクロード」。全23段落で、正倉院の成り立ちと宝物、シルクロードによる東西交流、唐の都とイラン系の人々、遣唐使などを扱います。大学生88名に6分で読ませ、本文を伏せて7問に答えさせた。約8割は分からない点が「特にない」と答え、要約もまずまず妥当。おおむね読めていて、疑問も持っていない。
ところが、細部を聞くと崩れる。本文に挙げられた宝物の数は、4〜6点が最多(44%)、次いで10前後(36%)。そのうちイランから来た数は、2〜3点が最多(51%)。仏教と正倉院の関係がどう書かれていたかを聞くと、41%が何らかの関係を書き、正解の「書かれていない」はわずか9%だった。正倉院が軸の文章に仏教が出てくる以上、関係が書いてあったはずだ、と思い込んで記述を作ってしまう。
実際に本文に当たると、挙げられた宝物は13点。そのうち、イランから来たと明言されているのは没食子(イラン・トルコ地方にしかいない蜂の虫こぶ)だけ。水さしやガラスの碗などは、唐に逃れたイラン人や中国人の職人が作り、遣唐使らが持ち帰ったとも読める。ハープや琵琶は一見西方からの伝来だが、構造上は「形が似ている」ことの確認にすぎない。段落14が「形」から「模様」への転換を告げることに気づくと、11が予告、12・13が形の実例、15〜17が模様の実例という階層が見えてくる。1点と答えた8人に聞いても、大半は何となくで、明確に読めていたのは88人中1人でした。
では「世界の宝庫」は過大評価か。問4では94%が「世界の品物があるから」と答え、コピーに気づいたのは2人。しかし精読すると、海外の類品は遺跡や墓から出た出土品で、正倉院の品は校倉で守られてきた伝世品。五弦琵琶のように世界唯一の現存品もある。やはり文字通りといえる、と結ばれます。
壊すと新たな矛盾が出る。でもそれは、前よりわかったから生じるもので、認識が進んだ合図だ、と。矛盾が出たら前進している。この見方は、仕事の検証でもかなり使えると思う。
第4章誤りに気づかない仕組みと3つの型
第4章は、なぜ誤りに気づかないのかを実験で示します。著者の実験(1997)では、2段落の文章で、後半(隣家を訪ねる場面・約270字)は共通にして、前半だけ変えた。一方は母のケーキを届けに行く話、他方は新しい隣人への興味の話。後半には、前半と食い違う点(渡す品、服装、時刻)をわざと入れる。箱の中身を問うと、正答率は小5で「ケーキ群」53%、「隣人群」84%、大学生で67%と98%。ケーキ群は小5の42%、大学生の33%が「ケーキ」と誤答しました。
予測できる部分は「ああ、あれだな」と読み飛ばされ、前半の文脈が空白に都合のいい意味を入れる。誤った理解も物足りない理解も、原因は同じで「部分が読めていない」こと。人は部分を積み上げて読んでいるつもりで、実際は文脈を使って部分を読んでいる。
2節は、文脈が諸刃の剣だと示す3つの型。「結果から」型は、小3の教科書『小さなリスの大旅行』で、偶然西部に着く話を「西部へ行くために凧につかまった」と読んでしまう。「最初から」型は、小2の『ニャーゴ』で、ネコは最後まで食べる気なのに、「最初から食べる気はなかった」と読む。仲違いから友人になる話を、最初から仲良し扱いするのも同じで、変化の過程の面白さが味わえなくなる。
「いろいろ」型は、「いろいろある」と思った瞬間に追求が止まる、というもの。題材は小1の教科書の、4種の船の役目と設備を紹介する短い説明文。結びの文から「目的・機能」と「構造・設備」という観点を取り出し、船ごとの対応表を作ると、客船の食堂は「乗船時間が長い」と考えないとつながらない、といったことが見えてくる。「いろいろ」は、分類できないときの言い訳だ、と。海藻は色で整理できる、という例も添えられます。
会議で「いろいろ要因がありまして」が出たら、だいたい誰もまだ分類していない。耳が痛いけど、ほんまにそう。笑
第4章「善きもの」を当てはめると読みが止まる
3節は、読み手の側の既存スキーマの話です。『夕鶴』の実験(麻柄1994)では、つうが布を織った理由の4択で、恩返しが63%、与ひょうと暮らしたいが33%。本文には恩返しを否定する記述があり、その箇所を読み直させると、17%と81%に逆転した。『鶴の恩返し』のスキーマが、文脈そのものとして働いたわけです。
森鷗外『高瀬舟』も、高校生は「二人の心が通い合った」と読みがち。実際は喜助は淡々と語り、揺らぐのは庄兵衛だけ。「心のふれあい」という既成の枠を、部分に当てはめた例です。夕鶴は物語全体への当てはめ、高瀬舟は部分への当てはめ、という違いがある。
当てはめが起きるのは、それが他人にも受け入れられる無難な「善きもの」だから。環境問題を検証せず「人間悪者論」で片付けるのも同じ。環境配慮や「元気をもらう」など、社会で正しいとされる考えは、似た記述があるとすぐ当てはめられて、読みが止まる。価値が悪いんじゃなく、安易な当てはめが問題だ、と著者は線を引いています。
練習題材は、小4の教科書にあるファーブル5歳の逸話。付いたまとめは「不思議に思うと観察せずにいられない」という趣旨だけど、著者は、不思議とは知識・予想と現実の「ずれ」から生まれるものだと説明し、少年は「何の虫か」という素朴な興味で捕まえただけだと指摘する。
正しそうな言葉ほど、読み手は素通りする。俺は、ここが本書でいちばん大人向けの章だと思う。企画書の「顧客第一」や「業界唯一」に、何の根拠が付いているか。読むべきはそこです。
第5章要約で警報を聞き、新しい文脈で壊す
第5章の最初は自覚。一読目は大雑把で、普通の文章なら「わかったつもり」になる。自分で作った安定状態は居心地がよく、壊すには自分の甘さを認める痛みが伴う(「敵は自分」)。
見極めの方法は、読後に自分で要約すること。簡単すぎる、「ああ、あれね」と感じる、きれいごとが出る。これが警報です。なじみのスキーマに反する箇所を探す、何から何へ変わったかを確かめる、各事例の個別性を浮かせる、要約と例示の対応を点検する、という手も挙がる。
壊すには、部分に焦点が当たる新しい文脈を大胆に持ち込む。第3章の楽器の段落も、三つの文脈で読み替えると三つの意味が出てくる。進展の道筋は、新しい文脈、新しい意味、矛盾や無関連で一度「わからない」、そして関連づけて「よりわかった」。
到達点は、次のわかったつもりでもある。文脈を使わないと見えない意味がある以上、探求に終わりはない。そう言い切ってくれるのは、むしろ気楽でいい。完璧に読めなくていい。読み直し続ければいい。
第5章解釈は自由、ただし整合性が条件
2節は、解釈の自由と制約。関連を緊密にするために持ち込むのは、客観的な知識と、読み手の想定(解釈)の2つ。知識の例として、焼き芋の「十三里」が川越と江戸の距離に由来すると知って腑に落ちた、という著者の話や、ムササビが小枝を切って芽だけを食べ残す習性の話が出てきます。想定の例は、中原中也「月夜の浜辺」への深読みで、問題は整合性だとする。
整合性の観点は2つ。想定を立てた部分自体と合うか、他の部分にも通るか。室生犀星「小景異情(その二)」では、結びの「ばや」を踏まえると、話者は都ではなく故郷にいることになり、修正が要る。
「正しさ」のワナにも触れる。科学法則でも検証は当面の耐力を示すだけで、正しさの証明ではない。解釈ならなおさらで、正しさを強調すれば、他者の解釈の排除や押しつけになる。基準は整合性に置き、整合する限り複数可、整合しても唯一ではなく、不整合なら破棄。俺が「46歳の思考整理」で書いた、正しさの追求は支配の欲求に変わる、という話と、ここはほぼ同じ場所を見ている。
3節では、平成16年度センター試験の国語I第2問(梅崎春生『赤帯の話』)を解く。問2は、誤答は本文と不整合で消せるが、正答にも出題者の解釈が入っている。問3は、全選択肢が整合し、選ぶ根拠が世間の常識になる。問6の「適当でないものを選ぶ」は、不整合を選ばせる形式で最も妥当。提案は、「最も適切なものを選べ」を避け、「この解釈は可能か」「可能でないのはどれか」と問うこと。違和感の正体を知らないまま、学生は国語と読書を別物と諦めてきた、と著者は言います。
俺は2021年の連載の教育の回で、国語のテストで「作者の意図」を答えさせるのは空気を読む訓練だ、と書いた。この本は、その違和感を、出題形式の問題としてきちんと解いてみせてくれます。
LESSONS明日から使える教訓
- 読んだら、自分の言葉で要約する契約書や提案書は、読んだあとに自分で要約し、当事者・条件ごとに表へ埋め直す。要約が簡単すぎたり、耳ざわりのよい言葉に収まったりしたら、読み落としを疑う。これは効く。
- 「わからない点は?」ではなく、部分を聞く「ない」と返ってきても、理解の証拠にはならない。誰が何をなぜ、と部分を具体的に聞いて確かめる。事業づくり的にいうと、「質問ある?」は会議でいちばん役に立たない一言、ってことです。
- 「いろいろ」で止めず、軸を決めて表にする「いろいろな要因がある」で止めず、目的と手段、機能と構造などの軸で表にする。抜けや、書かれていないことが見えてくる。俺的には、この「いろいろ禁止」だけでも持ち帰る価値がある。
CONCLUSION俺の結論
結論。「わかった」と思ったら、そこからが本番だ。
読み終えたら、3行で要約してみる。簡単すぎたら、きれいごとが出たら、それは警報。表を一枚作って、部分を埋め直す。「ああ、あれね」と思った指示ほど、品目・日時・条件を確かめる。
全部を深く読まなくていい。ただ、深く読むべき場面で、わかったつもりのまま判を押さない。それだけで、仕事の事故はかなり減るはずです。読むのが遅くなるんじゃない。読み直すべき場所が、分かるようになるんです。
NEWS関連ニュース
この本のテーマについて、最近話題になったニュースです。
PISA assessment results show lower reading skills in Japan, experts point to prolonged screen time
OECDが2026年9月に公表したPISA 2025で、日本の読解力の平均点は前回から13点下がり、参加国・地域のなかで4位でした。短い文が意味を成すかを素早く判断する設問の正答率は89.9%で、2018年と2022年の92〜93%から下がっています。最上位層の割合はほぼ変わらず、低得点層が増えました。関係者や専門家は、スマートフォンやSNSの長時間利用との関連を指摘しています。
この本とのつながり:本書は、わかったつもりのまま読み流すことが、深く読む最大の障害だと説きます。読解力の低下が話題になる今、読んだあとに自分で要約して点検する習慣の意味が増しています。
FOR YOUこんな人におすすめ
- 契約書や企画書を読むとき、読み落としが怖い人
- 教える立場で、「分かった?」「はい」で済ませてしまいがちな人
- 読解力や学習法を、仕組みから知りたい人
合わないかもしれない人:速読や読書量を増やすコツを求める人。これは速く読む本じゃなく、深く読む本です。
FAQよくある質問
『わかったつもり』はどんな本ですか?
教育心理学者の西林克彦さんによる光文社新書です。読解力がつかない本当の原因は、わからないことではなく、わかったつもりになることだと、実際の文章や実験で示しています。
「わかったつもり」とは何ですか?
実際には部分が読めていないのに、全体としてわかった状態になっていることです。わかった状態は安定していて、人はその先を探さなくなる、と著者は述べています。
「わかる」とはどういうことですか?
文章の部分どうしに関連がつくことです。つながりが緊密なほど、より深くわかります。関連づけには、文に書かれていない知識(スキーマ)が使われています。
「わかったつもり」を見つけるにはどうすればいいですか?
読後に自分で要約してみます。簡単すぎる、「ああ、あれね」と感じる、きれいごとが出る、といった警報が鳴ったら、部分に焦点を当てて読み直します。
「結果から」「最初から」「いろいろ」とは何ですか?
わかったつもりの3つの型です。結果に引っ張られる、最初から決めつける、「いろいろある」と思った瞬間に追求が止まる、というものです。
スキーマとは何ですか?
ある事柄についての知識のまとまりのことです。読み手は無意識にこれを持ち込んで文をつなぎます。何の話かという文脈を得ると、同じ記述から別の意味が引き出されます。
解釈に正解はないのですか?
解釈は自由ですが無制限ではなく、想定した部分と合うか、他の部分にも通るかという整合性が条件です。整合する限り複数の解釈が成り立つ、というのが著者の立場です。
仕事ではどう使えますか?
契約書や提案書を読んだあと、自分で要約して表に埋め直す、「わからない点は?」ではなく部分を具体的に聞く、といった使い方があります。
試験や学習にも役立ちますか?
本書は、評価やテストでも「最適を選べ」より「可能か/不可能か」を問うほうが公平になる、と提案しています。深く読む習慣づけにも向いています。
古い本ですが今でも読む価値はありますか?
2005年の本ですが、仕事の資料を読む場面にそのまま当てはまります。教科書の文章などの事例は当時のものです。
MONOGENIC伊丹谷のブログから
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